シトロエンカレンダー9月と1988年当時の思い出

 



今月はアミ6!

いつ見ても独特なデザインに感動してしまいます。

33年前にスペインに来て、最初に所有したのがアミ8ブレークでした。

これ




アミ6ほどの強烈さはありませんが、当時でもかなり珍しい車だったので

ご近所さんから『変な東洋人』と言われてましたね~笑

二階の住人のカナダ人の友人がナンバープレートを見て『BADかよ!』と笑ってました。

写真は私と娘、それに息子が社内から顔を出しています。

私は髪があるし、髭も真っ黒!


当時(1988年)は観光ビザで入国していて、3か月毎にフランスへ出国して

パスポートに入国スタンプを貰っていました。

このアミ8(スペインではシトロエン8と呼ばれていました)が大活躍してくれました。

これを2年続けて、どうにか居住許可証を取得しました。

最後の方は警官に怪しまれる事もありましたが『今、申請中なんです(本当)』と

言って納得してくれました。

ハラハラドキドキではありましたが...笑

その間、労働許可証がなくても日本語教師として雇ってもらえていて、

労働契約までしてくれる学校(バルセロナの語学学校)がありました。

凄く緩~いスペインでしたが、今はもう無理でしょうね~

当時はバルセロナから電車で1時間もかかる田舎(今も同じ)から

仕事に行く人なんていなかったですが、前出のカナダ人と私は『全然、普通だよね~』

と良く電車で一緒になっていました。

ただ、当時は電車が1時間に1本と超不便でした(今は1時間に2本に増便)が、

私は横浜の満員電車(通勤時間1時間半)を経験していたせいか、

全く苦にならなかったですね。

座れるし!はは


当時娘は7歳、息子は5歳で、地元の小学校へ入学させたのですが、

学校が超楽しいらしく、風邪ひいて熱があるのに『行く!』と言って

言う事を聞かない息子には驚きました。

私が日本で教師をしていたせいもあるのでしょうが、これはカルチャーショックでした。

『そんな筈はない!』と...笑

でも本当で、最初は日本語しか話せなかった子供たちも、一か月もすると

スペイン語が普通に出て来る様になりましたね。

『子供って吸収が速い!』を実感させられる速さでした。

我々も負けてはいられないと、妻はバルセロナ大学で語学学習を始め、

私は日本語を教える傍らスペイン語学習に努めました。

まあでも、子供たちのスペイン語に適う訳はなく、

娘に『もう~いい加減にしゃべるんだから~』と言われる始末です。へへ

『しかし、俺の専門は絵画であって言語ではない』とうそぶいています。

その娘も二児の母親になり、私は本物の爺になってしまいました~









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